天王洲めぐみは天才だった。10歳にも満たないころから弱きを助け、世界に夢を見せた。
12歳の時、弟が生まれた。 愛らしい弟にとても喜び、そして自分との関係をそっと秘めた。ヒーローの家族とは、ときに危険を孕む。 だからこそ、帰ってきたときの温かい食事の時間が幸せだった。
ミルクが離乳食になり、出来立ての味噌汁が食べられるようになった。 天王洲めぐみは幸せだった。
14歳の時、いつものように軽やかに戦場を駆っていた。
目前に学生たちが歩いていた。 中学校の入学式は行けないまま、 このまま大人になっていくんだと思っていた。 当たり前だと思っていたそれは、その日少しだけ視界に陰を落とした。
学生たちを、ヴィランが襲った。 当たり前のように、その子たちを守るため立ちはだかった。
ありがとうと、学生たちは顧みず当たり前に逃げていった。私はヒーローなのだから、当然だ。
そして、私は致命傷を負った。
仕留めたヴィランの息はもうない。裂かれた腹からこぼれるものを拾い集め、地を這いつくばり、空を乞う。
あの子たちと、私は何が違うの?
昔皮膚の下に埋め込まれた薔薇が、落ちる臓腑と共に水音を立てた。
あの子も、大人になるのか。 私の可愛い弟、私の幸せ、私を抜きに幸せになる私の
幸せ。
――いかないで。
置いて行かせない、あなたは、私を継いで逃さない。
そうして、天王洲めぐみは絶命した。
天王洲のぞむは願った。
天才だった姉は、世界から待ち望まれていた。
まだ立って歩くのもおぼつかない幼児だった僕は、ある日から世界を統べる頭脳に 目覚めた。
最初に接続した世界にあったのは、姉がこの世界から消えたという冷酷な情報だった。
姉の所属する事務所の大人に、その場所に向かうように頼み込んだ。そして姉の死場所に着いた。
その場にいた全てが、姉の血液の中に咲いた薔薇の花を見た。
僕は理解してしまった。そして、その薔薇を手折った。
姉の死の公表へ事務所が考えあぐねていたとき、僕は告げた。姉は生きていると。大人たちの前で、僕は天王洲めぐみになった。
僕がこの祈りを継ぐ限り、 天王洲めぐみは生きて、育ち、世界を守る。
天王洲めぐみは、もう僕を抱きしめてくれない。けれどまだ追い求めているのだ。いつか手を伸ばしたら、薔薇の融合炉の奥に溶けた姉の手を掴めると信じている。
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天王洲のぞむは天王洲めぐみ、いや、フィクティシャスエンジェルを忠実に演じ続けている。
天才だった彼女は、大人になっても愛らしくそして、天使だ。
いつになっても完璧ではない、懸命にその全身で立ち向かわないと何にも敵わない、可愛い天使。
誰かにとっての理想の姉は、世間にとってはマスコット。
それを一番近くで叩きつけられながら、それでも輝きを止めることはできない。