ビスキュイ→シーカースタイル♀
プゥペドゥシール→シーカースタイル♂
わたし全部覚えてるの。五千年と百年と、ちょっぴりの端の時間。
わたしインソムニア、ひとときたりとも眠ったことはなかったの。
初めに発生したのはママの細胞の中。沢山の憎しみと、屈辱はママの死に群がって竜の種を植え付けた。遺伝子上のパパがママを殺した時、わたしは竜を繋ぎにして二人の憎悪の塊としてママの胎に宿ったの。
ママは人で居られなくなった。お腹のわたし、そしてもう一塊の命のためにずっと竜を食べていた。暗い地下の外にはもう竜はいないと言われても、それでも深く深く飢えを満たし続けた。
わたしがこうして言葉で覚えられているのは、ママに会いにずっと来ているお兄さんがいたから。お兄さんが巻いていたショールが綺麗だったの。先割れの花びらと、流れる水の模様。外に出たら見てみたい。そう思ったりもした。
ママの身体はどんどん竜に近づいていった。砕け散ったインソムニアを再びかき集めきったみたいに綺麗な水晶になって、そうしてわたしともう一人の塊は竜の種として長い長い眠りについた。
ずっと覚えている。地下深くはずっと何も起きなくて、一瞬だったような気もする。身体が出来上がり、そして溶けていって、また形になったり。
そうしているうちに、もうひとつの塊が結晶の殻を内側から砕き始めた。もうひとつの塊は命であったみたいで、ゆっくりと立ち上がってしばらく人の動き方の練習をしていた。
その子は私を見た。ねえさん、と呟いてわたしの殻をそっと剥がしていった。わたしも人形がずるりと這い出て、そしてばりんと割れた。
わたしはずっと覚えていたけれど、それだけ身体を上手に作れなかったらしい。
身体から溢れた液体は空気に触れると結晶になっては砕けてまた溶ける、そうやって何度も何度も形を作ろうとして、一番上手に作れたのは藍色の触手。百足に良く似た帝竜だった。
何処にも行かないで、ここにいて。
そうもう一つの命は言った。その通りに待っていてどのくらい経ったんだろう。もう一つの命は綺麗な身なりを整えて何人かの老人を連れてきた。
その人たちはわたしに跪いて祈り始めた。ずっと待っている間にすっかり壁みたいになったわたしを拝み、祈り、そしてもう一つの命に感謝を述べた。
もう一つの命は、プゥペドゥシールと呼ばれていた。だからわたしもそう呼ぶことにする。少し長いから、ペドゥとしよう。
ペドゥは私に近づき、琥珀色の結晶を少しだけ割り取った。ごめんなさい、ねえさん。そうペドゥは小さく呟いた。
私を拝む人々は少しずつ増えていった。ペドゥはそのたびに結晶を少しだけ削り、粉にしたり水に浸けたりして彼等に提供した。
しばらくして、少し拝みにくる人が減った。その代わり、人々は儀式に使うような仰々しい服装の人ばかりになった。ペドゥは彼等を先導し、指示をしていることが増えた。
わたしはずっとそれを見ていた。わたしは竜であるし、ペドゥみたいに何かをすることも思いつかない。ずっとママのお腹の中と、この地下しか知らないから。
ーーああ、でも。
あの先割れの花と流水の景色は少し見てみたい。ママがひどく憎み、そしてわたし達を守った誰かが纏っていた象徴だったから。