「運命の不在:A」7DⅢ

海星(うみほし)→2020―Ⅱアイドルタイプ♂
瑞香(みずか)→2020―Ⅱスチューデントスタイル♂女性設定 赤髪

そのときは、きっと終わりの先だ。

好きだった人は、最も憎き男に殺され、仔を孕み、竜を喰み、終わりの果てまで終わっていった。
かつての13班はひとりまたひとりと、自分の人生から退場していく。子を成した人もいた。そうではない人もいた。皆、順番にステージを降りる。
それでも、好きだったあの人は終われなかった。
あの2021年から今は遠く、自分の身体も酷く老いた。かつての無鉄砲で単純な青年はもういない。ただの老人がそこにいる。
ずっと、退場することができなかった。終われない彼女は、餌となる竜も尽きてただ在るだけになった。誰も知らない地の底の底、自分だけが会える場所に彼女は在る。
そこを訪れることすらもう出来ないかもしれないと足を運ぶたびに思う。それほどまでに、年月は長すぎた。
今日も彼女は在った。

肉体はとうに失われていた。体を作っていた人の肉は、喰らい続けた竜の身にゆっくり置き換わっていた。
その身体すら、供給を失い朽ちていく。竜はその肉を眠らせ、限られた細胞を凝縮させて殻を作る。
フロワロシード。かつて竜を刈り続けた時に目にしたドラゴンの胎児。
中途半端に仔を宿したまま眠った人竜は、美しく透き通る孵卵器と成り果てた。
「瑞香」
声を出す器官はとうにない。音を聴く脳も失われている。
「その子たちがいるから、死ねないの」
「俺はもう終わるんだよ。来れないんだよ」
「もう何十年も経ったんだ、俺はもうお爺ちゃんになってしまったんだよ」
「……一度でいいから、見て欲しかったよ」
結晶は、ただ双子の胎児を揺蕩わせる。

彼女の在処を、ずっと残していた。
人竜と、その胎児。どこに見つかったとしても、望む結果になれるとは限らない。
だから、意味の取れない本にした。長い年月は、自分に絵の心得を学ばせるには十分だった。
知り合いの伝手で二冊だけ製本をしてもらった。一冊は、最後に彼女を訪れたときに傍へ置いてきた。彼女の意味を遺すために。
もう一冊は、誰に託すかを決められなかった。あのときの13班の子や孫に背負わせたくなかった。
絵の心得は、微かに自分の生計を助けた。少しばかり得た仕事を慎ましやかに暮らしながら、最期を待っていた。
これが最期の仕事だろう。そう思いながら向かった家に一人の子供がいた。
しばらく世話になるのだから、人見知りだというその子に何か贈り物でもしようと思った。だが、気の利いたものは思いつかなかった。
そして、あの絵本だけがあった。見つけて欲しい訳ではない、だったらいっそ何も知らない子供でいいのかもしれない。
師から貰いずっと大切にしていたショールに包み、子供に絵本をあげた。桜に流水の美しい柄を教えた師も、とうに天寿を全うした。
二冊の絵本はなくなった。そして、その仕事を終えてしばらくして自分の生も終わりを迎えた。

絵本を渡した子供の名も思い出せない。かつてともに戦った13班の人達、それすらも朧げだ。
夢現に手を伸ばした瑞香の肩は、最期でも届かないままだった。