「絵筆の先」 7DⅢ

間宮緋色(まみや ひいろ)→バトラータイプB 黄色
間宮群青(まみや ぐんじょう)→バトラータイプB 青色
呉木浪幸(くれき なみゆき)→スチューデントスタイルB 黒髪
海星(うみほし)→2020―Ⅱアイドルタイプ

わたくしがメイドとして勤め、そして13班として所属するにあたり少しばかりの前提が要ることでありましょう。間宮の姉妹について、わたくしのお話をいたします。

呉木のお屋敷と便宜上お話致しますが、正しくは呉木の旦那様……警視庁の中枢で重鎮として働くご立派なお方であります。そちらの邸宅を呉木のお屋敷と呼んでおります。
申し遅れました。わたくしは間宮緋色。間宮の姉妹の姉でございます。このお屋敷の使用人を束ねるメイド長であり、呉木のご子息の第一護衛でもあります。

呉木のたった一人のご子息、浪幸様は幼き頃から人見知りで大人しく、まるでお父様と真反対の性格でありました。わたくしがこの屋敷に来ましたのはそんな浪幸様の子守としての役割が始まりでありました。
子守とは言いましても、わたくしも浪幸様とは七つほどしか離れておりません。何より、わたくしはそのような由緒正しいお子様の扱いなど知りませんでした。わたくしには親もきょうだいも、覚えがありませんでしたから。

わたくしは福祉施設で育ちました。それはそれは酷いところから助け出されたのだと大人から聞きました。けれど、施設の中もあまり楽しいものだとは思いませんでした。他の子供達は一様に違う形の傷を負い、違う形の悲しみは噛み合うこともなくただ角をぶつけ合っていました。
呉木の旦那様に連れられて行った日のことは、実はそんなに覚えていません。ある日服を整えられ、気がついたら大きなお家におりました。ただ、小さな男の子がわたくしを見ていました。それだけは、鮮明に覚えています。

一通りの家事を学びながら、綺麗な服と静かな空間に慣れていきました。先輩に当たるメイド達も優しく、性に合っていたのか屋敷の暮らしを心地の良いものだと感じていました。
浪幸様はすぐに打ち解けてくださいました。お屋敷では他に歳の近いものもおらず、世話係というよりは姉のように慕ってくださっていたのだと思います。

何年か経った後でしょうか。一人の絵描きが邸宅に呼ばれたことがありました。どうやら広間に飾る絵を新しくするにあたって旦那様の伝手で紹介されたようでした。
海星、そう名乗った絵描きは服装こそ華やかでしたが、ひどく寂しい目をしていました。
絵描きはしばらく通っていました。邸宅の庭などを一通り描き終える頃、絵描きは浪幸様が自分を怖がっていることを寂しがっていました。知らない大人が怖かったのでしょう、浪幸様は滅多に彼の作業のそばに寄りませんでした。一方わたくしはというと、絵が出来上がる魔法にすっかり夢中になってしまい、暇があるたびに海星様の作業を見ていたのです。
浪幸様はおとなしい性格ですから、とお話すると彼は少し考えている様子でした。そして翌日、浪幸様の元にご挨拶に向かいました。
浪幸様は、何かを貰ったようでした。大きさからして、本か何かだと思います。少し中身を開いた後、浪幸様は目を輝かせて包みを大切に抱きしめておりました。

あの日が絵描きの来る最後の日だったと知ったのはしばらく経った後でした。私は来る日も来る日も、彼がキャンバスを立てていた庭先を見ていました。彼の絵が仕上がったのか、立派な風景画が広間に飾られました。けれど、私はもうその絵よりも彼がいた庭の景色のほうが美しいと思っていたのです。そして、何故旦那様が庭の絵を依頼したのかも知りました。庭は老いた樹への大きな工事が入り、その姿が様変わりしてしまうことを旦那様は知っていたのです。
彼がいた庭はもうありませんでした。私の胸には、寂しい瞳だけが焼き付いていました。

絵描きの話をしたのには訳があります。それは間宮の妹、間宮群青の到来のきっかけとなったからです。
旦那様がわたくし達使用人を呼びつけました。立派な礼装を着た少女が、大人達に連れられて玄関に立っておりました。
今日から彼女を君たちの仲間として迎え入れる。新しい家族として面倒を見てやってほしい。
そう旦那様に紹介された少女は、あどけなく笑っていました。
彼女の出自はほどなくして伝わりました。あの絵描きの紹介であること。あの絵描きは反社会勢力と昔繋がりがあったこと。それを見張る目的もあって旦那様は絵描きに仕事を与えていたこと。あの絵描きがいた組織はもう既に無く、少女の両親も獄中にいること。
彼女はそれを知っているかどうかはわかりません。彼女が使用人としてわたくし達の仲間に加わった際、名前も変えたと聞きました。彼女はわたくしに似た名前を選びました。間宮群青、と。
わたくしを姉と慕い、浪幸様と直ぐに打ち解けました。浪幸様も彼女の前では朗らかに笑い、太陽のように明るい彼女とは、まるで本当のきょうだいのようでした。
そうしているうちに、浪幸様も高校に進学するまでに育ちました。わたくし達はすっかり姉妹として暮らしています。呉木の家族として扱われている間宮の二人以外は、使用人も入れ替わっているものですから周りも皆本当の姉妹だと思っていることでしょう。

浪幸様が竜と戦う選択をしたとき、わたくしは迷わず着いていくことを選びました。群青もそれに続き、浪幸様はひどく安堵されたようでした。
けれど、わたくしの心には忠心だけではないもう一つの心がありました。
あの絵描きは、かつての竜災害で刃を振るっていた。そう風の噂で耳にしていたのです。
あれからずっと彼とは会えておりません。探しても、もう消息は見つからぬままでした。
竜に向かっていれば、また会えるかもしれない。
そう、一つの思慕がわたくしの胸にずっと刺さっているのです。
竜に手を伸ばせば、いつか道がまた交差するかもしれない。
わたくしを頷かせるには、それで十分だったのです。